現場コラム【都会を離れて田舎で暮らす。農業もはじめてみる】

第2回 ふとしたきっかけで考える新規就農のススメ

 小林秀雄は「現代思想について」の中で、論語における不惑だの天命だのというのはつまり、年齢によってその人の思想や真理というものは異なるということを示しているのであって、2+2=4のように青年にとっても老人にとっても正しいことのみを追求する現代の合理的思想を危惧していますが、難しい哲学は措いておくとしても、例えば、以前は特に何とも思わなかった楽曲が、ある日突然、何だか急に胸に刺さって聞こえてくることって、ありますよね。

 僕の同年代の友人たちの間で多いのはMr.Childrenなのですが、彼らは、若い頃は特に「いい曲だな」くらいにしか思わなかったミスチルの曲たちが20代後半から30代にかけて急にリアリティを持ってきて、歌詞の一言一句に妙に身につまされるようになるということをほぼ全員が経験をしています。
(あまりミスチルを聞いたことがない20代30代の方は、「花~Memento-Mori~」「雨のち晴れ」あたりを聞いてみて下さい。何だか胸のあたりが痛くなること請け合いです)

 ミスチルが歌い上げるのは、どこにでもいるような普通の20代30代の憂鬱な日常ではあるのですが、それを聞いてどこか胸が痛くなる思いがするのは、おそらく、その歌詞の内容に大いなるシンパシーを感じる一方で、心のどこかで「どうにかしなければ」という危機感を覚え、しかし憂鬱な日常に流されるままでどうするでもない自分に、さらに憂鬱さを覚えるからかもしれません。

 しかし、日常生活に憂鬱感を感じている状態というのは、実はその心の声に耳を傾けるチャンスなのです。
 アメリカでのいくつかの研究によると、精神的に憂鬱な状態というのは課題解決能力を向上させ、人生の複雑な問題に対してより良い決断を促す効果があることが分かっています。
 憂鬱な気分なのですから、面倒なことは考えたくないとか、どうせ何か思い付いたって上手く行くはずがないとか思うかもしれません。
 でも、こんなコラムを読んでいるのも何かの縁ですから、ちょっとだけ、あなたの心の声に耳を傾けてみませんか。
 少なくとも、脳はそれに適した状態ですし、場合によっては、若干のお手伝いができるかもしれません。

 もし、あなたが都市生活者で、あなたが日常生活に憂鬱に感じている原因が、満員電車などの通勤環境や長時間勤務などの仕事環境、仕事の多忙さのためにコンビニ弁当ばかり食べているなどの生活環境などであり、かつあなたの人生に必要なものが「自然環境に基づいた人間らしい生活」で、さらにあなたがそれらを都市生活の中で得られそうにないなら、その解決策として「思い切って都会を離れて田舎に移住してみる」「農業をはじめてみる」等はどうでしょうか。

 これまで、田舎暮らしや農業に、一度は思いを巡らせたことのある方は、少なくないことでしょう。
 しかし、そういった方々の多くは、田舎暮らしや農業に対する漠然とした不安から、実際に実行できるか深く検討してみる前に諦めてしまう傾向にあります。
 憂鬱感を取り除く良い案が他に浮かんだのであれば良いのですが、そうでないなら、せっかくのチャンスなのですから、漠然とした不安を取り除いて、一度、田舎暮らしや農業について深く検討してみてはどうでしょう。

 もちろん、田舎暮らしや農業に対して不安感を持つというのは、間違いではなく、これらのデメリットは決して少なくありません。
 例えば、収入面に困難を抱えている農業者は少なくないといったものから、書店に並んでいる本の数が都会に比べて極めて少ないといったものまで、多種多様のデメリットが、田舎暮らしや新規就農には存在します。
 しかし、具体的な不安材料について自分が克服できるか検討してみる前に、田舎暮らしや新規就農のことを思い付いた段階で浮かんでくる漠然とした不安感というのは、
 「今までずっと都会でサラリーマンをやっていたし、何の経験もない自分が、果たして田舎に移住して、農業に参入なんかできるのだろうか?」
といった経験不足から来るものではないでしょうか。

 確かに、都会でサラリーマンをしていた人で、田舎暮らしをはじめたり農業に転じたりする人は、元々は農家の息子だったり、定年退職した人だったり、でなければ農業や環境などにとても興味ある人であるようなイメージがあるかもしれません。
 それは、間違いではないのですが、全国新規就農ガイドセンターの調査によると、新規就農者に就農の理由を訊いたところ、「農業が好きだから」「自然や動物が好きだから」と回答した人はそれぞれ23.4%、22.7%いたのですが、「サラリーマンに向いていないので」「都会の生活がいやになったから」と回答した人も、それぞれ8.0%、6.8%もいたのです(2つまでの複数回答)。
 つまり、サラリーマン生活や都会の生活から逃れたいという気持ちから就農した人が、新規就農者の中では決して珍しい存在ではありません。
 では具体的にどうすればいいのかについては、次回以降にお話ししていくことにしますが、少なくとも、成功した新規就農者に学び、失敗した新規就農者に学べば、都会生活しか経験したことがない普通のサラリーマンでも、田舎暮らしをはじめたり新規就農したりすることは不可能ではありません。
 田舎暮らしや農業をはじめるといったことは、あなたにとって、最初から諦めてしまうような選択肢ではないのです。
 ちなみに、新規就農して田舎暮らしをはじめると、コンビニ弁当の毎日からはサヨナラできると思いますが、それはそもそもコンビニが無いからだ、という考え方も地域によっては一理ありますので念のため。

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