現場コラム【都会を離れて田舎で暮らす。農業もはじめてみる】

第3回 学生の職業観と農業従事者の職業観

 学生、特に中高生の読者のみなさんにとって、職業というものは、最も身近で、かつ最もよく分からない概念の1つではないでしょうか。
 お父さんもお母さんも、お兄さんもお姉さんも何らかの職業に就いていて、つまり自分は職業人に囲まれて生活しているにも拘らず、しかし職業というものが何ともつかみどころのない、イメージしにくい概念のように思われるのは、職業をイメージするには「経験」が不可欠な要素だからかもしれません。
 職業経験を積んだ社会人のみなさんには、学生時分にもう少し、職業のことを明確にイメージできていれば、友達とテレビゲームばかりせずに、あんな勉強をしたりこんなスキルを身に付けたりしたのに、と後悔の念に苛まれることが少なからずあることでしょう。
 新しい職業に就く前に、その職業のことを正確にイメージできているかどうかということは、とても重要なことです。

 では具体的に、学生のみなさんはどんな職業に就くことを考えているのでしょうか。 
 『第2回 子ども生活実態調査報告書』によれば、男子高校生がなりたい職業は1位から順に「学校の先生」「公務員」「研究者・大学教員」、女子は「保育士・幼稚園の先生」「学校の先生」「看護師」だそうです。
 「芸能人」や「宇宙飛行士」などと比較すれば、これらはどれも、比較的努力すれば就きやすい現実的な職業であるので、高校生のみなさんには是非とも頑張っていただきたいのですが、この調査、僕には少し納得できない部分があります。
 この調査の調査票における、なりたい職業の質問は「あなたが一番なりたい職業を、具体的に書いてください」というものなのですが、何故、質問を「一番なりたい職業」に限定しているのでしょうか。
 何故、職業を1つに限定しているのでしょうか。

 これから農業に足を踏み入れようか迷っている学生や社会人のみなさんの中には、勘違いされている方も少なくないと思われますので、このことは明確にしておきたいのですが、職業というものは決して1つに絞らなければならない(専業でなければならない)ものではありません。
 自分の職業をイメージするときに、2つ以上の職業に従事している(兼業)状態も考慮に入れることは、当然のことです。

 2つ以上の職業に従事しているといえば、東京都知事の石原慎太郎氏(作家で政治家)や、龍馬伝でお馴染みの福山雅治氏(歌手で俳優)などを思い浮かべるかもしれません。
 しかし、よく観察すれば、皆さんの身近にも意外にいるものです。
 例えば学生のみなさんなら、音楽の先生がバイオリニストだったり、国語の先生が作家だったり、教師以外の仕事と掛け持ちしている先生があなたの学校にはいないでしょうか。
 社会人のみなさんなら、週末起業をした人がすぐに思い浮かぶかもしれませんが、他にも、例えば週末に稽古を重ねる劇団員や、普段は会社員でありながら檀家に葬式が出ると会社を休んで拝みに行く僧侶など、兼業している人は意外に多くいることに気付くでしょう。

 話を田舎に限定すれば、都会に比べて、遥かに兼業が進んでいる兼業社会であると言えるでしょう。
 高校生がなりたいと思っている職業に就いている人たちの中にも、「学校の先生かつ農家」「公務員かつ農家」「幼稚園の先生かつ農家」等々である人は非常に多いのです。
 『2010年農林業センサス』によれば、販売農家のうち、兼業農家の割合は、実に72.3%にも及びます。
 すなわち、農家の大部分は、家計を農業のみでやりくりしているのではなく、複数の職業に就きながら「農業も」行っている人々なのです。

 みなさんが農業に足を踏み入れようか悩んでいるとき、みなさんがイメージしているのは一年中、朝から晩まで農作業だけをしている専業農家の姿かもしれません。
 ゆくゆくは、専業農家となることはあるにせよ、農業従事者としての経験を十分に積むまで、まずは兼業農家となる、すなわち農業と農業以内の2つの仕事を持つことが現実的でしょう。
 みなさんが農業をはじめてみようと考える中で、どんな農家になりたいのかを考えるのと同じくらい、農業以外のどんな職業に就きたいのかを考えることは、重要なことです。
 または、社会人のみなさんであれば、今の仕事を続けながら、週末などに少しずつ農業をはじめてみるといったことも、検討する必要があります。

 農家が兼業する第一の理由は、農業収入のみでは安定した生計を保てないからで、これが農業の大きなデメリットの1つではあるのですが、反面、農家が兼業することは一般的なので、農業初心者の新規就農者でも兼業によって生計を確保することが可能である職業であるというメリットもあります。
 また、兼業に厳しい都会の企業で働いている社会人の方であっても、「週末は、田舎で土いじりをしている」ことに反対されることは、あまり無いのではないでしょうか。

 いずれにせよ、これから農業をはじめてみようと考えている学生や社会人のみなさんは、農業以外のどんな職業で当面の生計を安定させるのかについても、じっくりと考えておきましょう。
 特に、現在、都会暮らしをしていて家族を養っている社会人のみなさんは、今の仕事を続けながら週末に郊外で農業をはじめるのか、田舎に移住して現地で新たな職業を見つけるのか等々を検討する際には、家族の考えやライフコースを十分に考慮する必要があります。
 「なんとかなるさ」と楽観的に考えて田舎に移住を決めたりせず、場合によってはFP(フィナンシャルプランナー)などに相談しながら、家族を確実に養える新規就農のスタイルを模索して下さい。 

 ちなみに、新規就農には、大規模に農業生産を行っている「農業法人」に雇用されるという方法もあります。
 農業法人への就職は、自分で農業をはじめる資金が無くても農業に携わることができ、農業経験を積んだり地域住民との人間関係ができたりするというメリットがある一方、家族を養いながら独立資金を貯めることができるほどの賃金を得られる機会は多くないというデメリットがあります。
 農業法人については、いかに農業のスキルを身に付けるのかについてお伝えする際にお話するつもりです。 

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