現場コラム【はたらくスタイル集】

第1回 仕事も趣味も目いっぱい。そのために都会を離れるというスタイル

舞台は過疎化が進行している徳島県

徳島県といえば、皆さんは何を連想されますか。多くの方は、阿波踊りや鳴門のうず潮を最初に思い浮かべるのではないでしょうか。また、徳島県原産のすだちや、県内で飼育されている鶏の品種「阿波尾鶏(あわおどり)」、鳴門市で主に栽培されているさつまいも「鳴門金時(なるときんとき)」などの特産品も全国的に知られています。
しかし、県内では過疎が深刻化していることも事実。総務省・国土交通省の平成27年の調査によれば、65歳以上の高齢者が住民の半数以上を占める「限界集落(※)」が、なんと全国平均の22.4%を大幅に上回る42.8%の723集落にまで及んでいます。
その上、県内で過疎地域などに指定された15市町村の1691集落のうち、2015年4月末までの5年間に居住者がいなくなった「消滅集落」が12集落を数え、今後は328集落に消滅の恐れがあるほどです。

古民家 三好市の落合集落

恵まれた通信環境が何よりの強み

そこで現在、県では企業の誘致をこれまでにない方法で行い、地域の再生を進めています。それが「とくしま集落再生プロジェクト」。中でも注目されているのが「サテライトオフィス」です。実は、徳島県は、光ファイバー網が整備され、ブロードバンド環境では全国屈指といわれています。そのきっかけとなったのは、地上デジタル放送への完全移行でした。地上デジになると、県内の約7割の世帯が近畿をはじめとした県外の放送をアンテナで視聴できなくなるため、県が平成14~22年にかけて、市町村との連携で「全県CATV網構想」を推進したのです。その結果、通信速度が「東京の10倍」ともいわれる、高速・大容量・常時接続のブロードバンド環境が実現しました。
これにより、ICT(情報通信技術)関連の企業に向けて、首都圏でなくても同じ仕事ができるという訴えかけをスタートしたのです。“古民家”や“遊休施設”をサテライトオフィスとして活用。6市町に41社社が進出し、数多くの地元雇用も生み出しています。

サテライトオフィス サテライトオフィス(イメージ)         

都会にいるよりも毎日が充実する「半ICT半X」

その先駆けとなったのは、サイファー・テック株式会社です。2012年、海部郡美波町にサテライトオフィスを開設し、翌年には本社を東京から美波町に移転。併せて、地域の抱える課題解決や地域の特性を活かした事業を担う、株式会社あわえも創業しました。美波町との連携で、誘致活動の旗振り役としても活動を行っています。
注目すべきなのは、そのワークスタイル。同社では「半ICT半X」と呼んでいて、本来の業務(ICT関連)に携わりつつ、趣味などの何か(X)を楽しむというものです。
オフィスの徒歩圏内には食堂もコンビニもありませんが、目の前に広がる海は、西日本でサーフエリアとしても有名。初心者から上級者まで、1年中楽しめるサーフポイントが点在しています。シーカヤックやスキューバダイビングに最適なスポットも少なくありません。さらに、黒潮の流れる豊かな漁場であり、釣り好きにはこたえられない恰好なフィッシングポイントもあります。船釣りや磯釣りもたっぷり堪能できるのが特徴です。

海だけでなく、川での遊びも存分に楽しめます。アユやアマゴが釣れる渓流、ゲンジボタルが乱舞する清流など、美しい川がいくつも流れている地域なのです。
しかも、オフィス敷地内に畑があり、ほど近い場所には水田も。農業体験を味わえるだけでなく、それを通じて地域の人たちとの交流も楽しめます。
美波町なら、休日・出勤前・休憩の際など、ちょっとした時間を、多彩なアクティビティに費やすことができるのです。都会での暮らしの何倍も人生を楽しめるとあって、実際に何人もの社員がIターンで移り住んでいます。

        
徳島の海 美波町の大浜海岸

「企業誘致」ではなく、「人材誘致」という考え方

また、株式会社あわえは、厚生労働省からの委託事業の1つとして、地域で仕事に就くクリエイターを育成するための「美波クリエイターズスクール」の運営をしています。ここの受講生は期間限定で美波町に移住することが条件。しかも、受講生は勉強だけでなく、実際に仕事に携わるので、給与が支払われます。
具体的には、大学生にインターンで美波町に来てもらい、「地域の活性化をする企画を立案する」といった課題を出します。すると、彼らは自らで地域の抱えている問題を見つけるために、地域の人々と交流を図るようになり、地域への思いが培われるようになります。それによって、美波町を好きになり、当社や同じようにサテライトオフィスを設置している企業に入社することも珍しくはないそうです。
つまり、これは「企業誘致」ではなく、交流人口を増やすための「人材誘致」。その地域を活気づけるには、まず「人」を集めること、という新しい試みなのです。

一方では、東日本大震災を教訓に、首都圏の多くの企業がリスク分散の意味も込めて、「テレワーク」「モバイル勤務」「サテライトオフィス勤務」といった働き方を導入していることも追い風となっています。その拠点として、ICTの活用できる環境が整っている徳島県が選ばれるケースも増えているのです。首都圏や大都市でなければ、したい仕事は見つからないというイメージは、今大きく変わりつつあるようです。
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