現場コラム【新人、介護の仕事奮闘中】 -14-
東日本大震災発生・・・

3月11日(金曜日)午後、東日本大震災が起きました。幸いにもこの施設では入居者・職員とも怪我も無く全員無事でした。
勤務する施設は鉄筋コンクリート作りで耐震構造となっています。建物の一階は食堂と浴室や看護所・ヘルパーステーションなどのバックオフィス及び共有スペースです。
毎週金曜日は訪問歯科診療が行われます。地震が起きたとき入居者の半数近くは一階に降りて、食堂の大型モニターでテレビを見ながら歯科治療の順番待ちをしていました。浴室には男性の入居者が2名いましたが、既に入浴を済まして服を着ている時でした。最初の大きな揺れで、いつもの地震とは少し様子が違う事にみんな気がついた様でした。施設長はじめ各職員がすぐに一階エントランスの自動ドアを開錠し、外に逃げ出す事が出来る大きな窓を2ケ所開けました。駐車場に止めて有る施設の福祉車両が激しく弾んでいました。夕食の準備をしている厨房では、すぐに火を止めて裏側の出入り口を開けました。最初の揺れが治まっている間に、フロアーに集まっている入居者を職員がテーブルの下に入る様に誘導し、館内放送で「地震が有ったが建物は耐震構造で倒壊の心配は無い、居室に居る人はそのまま動かずに待機するよう」伝え、一旦入居者を落ち着かせました。
二度目の揺れが治まってから2階・3階の入居者と火気の状況を一部屋づつ確認して廻りました。異常が無い事を確認してから再度館内放送で「出火も無く倒壊の心配も無い」ことを伝え、再度入居者を落ち着かせました。
手順は予ねてから防災訓練で教わった事をしたつもりでしたが、慌てていたためか非常口の開錠や見回りの順序など抜けている部分も有りました。その後、外出している入居者を除く入居者の家族に職員が手分けして安否連絡を入れました。ほどなく外出者も無事帰館し安全確認が出来たため、一通りの初動作業が完了しました。
最初の揺れでエレベーターが止まってしまい、復旧したのは翌朝でした。夕食は毎日17時頃から全入居者が食堂で一斉に摂って頂きますが、当日と翌日の朝食は、2階・3階の入居者で歩行器や車いすを使用している方は居室で食事をして頂きました。
認知症の方は夕食が終わる頃には地震が有った事すら忘れてしまっていたようですが、それでも何となく気持ちが落ち着かないのか不穏行動が現れ始め、廊下を徘徊したり、帰宅願望が強く出たり、幻聴や妄想が発症したりと、2週間経過しても不穏が治まらない入居者が数人います。
火災発生時の訓練を、昨年秋に消防署の指導で受けていたため、速やかな入居者誘導が出来ました。上下の隔たりなく職員・入居者が一丸となって対応出来たのは良かったと思っています。結局、この様な緊急事態の時は臨機応変な対応が優先すると感じました。
輪番停電の報道があってからですが、緊急用の発電機の操作方法や、非常食の備蓄が有ることを施設長が恐縮しながら説明をしていました。「だってこんな事になるなんて思わないもの」と少しばつが悪そうでした。施設の駐車場には、軽自動車くらいの大きさの建物が有り、緊急用の発電機が燃料を含め設置されています。フル発電で館内のすべての電気を3時間程動かす事が可能です。基本的には火災が発生した場合に、駐車場下の用水池から消火用水を汲み上げるために使用するそうです。今回の地震で使用する事は有りませんでした。非常食は、30名入居を基準に職員10名を加えた計40名分、500食が倉庫に備蓄されていました。主な物はアルファー米と水です、甘露煮の缶詰やパンの缶詰なども有ります。在庫確認を私が行いましたが、概ね三日間くらい過ごせる食料が確認出来ました。
地震当日は電車が運休となり、帰宅出来ない職員も2名程いました。施設内には仮眠室が有り布団や毛布もそろっているので、テレビで報道されている程の不便は無かったようです。私はスクーターで通勤のため、電車運休の影響も無く帰宅出来ました。その後のガソリン不足の騒動もあまり影響を受けませんでした。
会社全体の動きとしては、仙台でも施設を運営しているため、救援物資を積んだ本社救援隊の車両が12日深夜に出発し12日夕方(17時間くらい要したらしい)仙台入り、安否確認をしたそうです。仙台の施設は、建物に多少の破損が有ったものの人的被害は無く、入居者、職員共々無事だったとの緊急通達が13日になってFAX送信されてきました。10日前後の交代で救援隊志願の職員を募っていますが、どこの施設も慢性的なヘルパー不足のため苦慮している様子です。
地震後の輪番停電の影響もありました。医療機器として酸素吸入器を常用している入居者は、外出用の酸素ボンベを常時枕元に準備し、直ぐに切り替えが出来るようにして有ります(外出用の酸素ボンベは電気を使用しないため、停電になっても使用が可能です)。この施設では「痰吸引や経管栄養」の使用者がいないので安心です。
また、厨房に食材が計画通りに入荷されないためメニュー変更は頻繁に行われています。この様な施設では、食事は大きな楽しみです。認知症の無い方は震災の状況が良く理解出来ているため、苦言も無く過ごされています。認知症の方はそもそも何を食べてもあまり認識していないため、クレームの出ようも有りません。「本当に幸せだな」と思います。
地震後面会に来たのは5家族ほどです。未だに連絡が無いご家族もいます。入居しているご本人は認知症が進んでいる方なので、面会に来たところで「何がどうなる」ものでも有りませんが、少しかわいそうに感じました。

PageTop

ひらく・ナビ20関連ページ

PageTop