現場コラム【新人、介護の仕事奮闘中】 -15-
利用者さんが倒れた!

 入浴介助の最中に利用者さんが倒れました!

 相浦さん(仮名)は大正6年生まれで93歳になる男性です。太平洋戦争の経験者です。爆撃の影響で耳が少し不自由なこと以外、手・足に麻痺など無く日常生活におおきな支障はありません(※ADL的に問題が無いといいます)。認知症の症状もありません。高齢者なので既往歴は様々ですが、血圧降下剤を恒常的に服用しているくらいです。特に食事の制限もありません。多少頑固ですが、話し好きの健康なおじいちゃんといった感じの方です。

 入浴の時間は利用者さん達にとって楽しみな時間の一つです。私の勤務する施設では少人数で入浴を行います。基本的には3人単位、少ない時は1人、多い時でも4人までです。浴槽は15人くらいが一度に入ることが出来る大きさなので、少人数の入浴は非常にゆったりして贅沢な時間といえるでしょう。職員は利用者一人にマンツーマンで付きっきりで介助をします。入浴時間は約一時間です、利用者の身体状況によっては二時間を要する方も居ます。その方の要介護度によって入浴に要する時間も違ってきます。

 入浴は概ね次の手順で行います。

 ご利用者さんの個室にうかがい「入浴時間であること」を伝え、説明します。ご本人に納得をして頂いて入浴となります。健康状態を観察・確認し必要に応じて(血圧・心拍・体温・血中酸素など)検温や測定を行います。特に問題が無ければお風呂の準備をして浴室に向かいます。脱衣室は室温を調整して浴場との温度差を無くす様にしてあります。脱衣状況を見守り、手引き等で介助しながら浴場に誘導します。カランではご自身で洗身・洗髪を行います。職員は声掛けをしますが、どうしても出来ない場合を除いて直接介助をしない様にします。これは自立状態を継続的に維持するためです。身体を洗い終わったら浴槽に入ってもらいます。浴槽に身体を浸す時間は概ね5分~8分くらいを目安にします。のぼせ防止の為です。湯温は季節によって変動しますが、だいたい41°C~42°Cくらいに設定してあります。入浴後は脱衣室でゆっくり服を着ながら、冷たいお茶や暖かいお茶を飲んで頂き、水分補給を行います。入浴後の様子を観察、一息ついてご自身の居室に送り届けて入浴介助が終了となります。

 相浦さんは、その日も特に体調に変調は無く、血圧も安定していたため(BP=165/76)いつも通り愛用の杖をついて浴室に向かいました。いつも通り滞りなく入浴が終わりかけた時に、脱衣室で急に倒れてしまいました。入浴後、上機嫌で軍歌の話をしながら、冷たいお茶を飲んでいました。生あくびを何度かしたと思ったら、ふいに会話が止まり、急に頭が後ろ側にゆれて椅子から転げ落ちそうになりました。直ぐに後ろから抱きかかえ職員用PHSで緊急コールを鳴らしました。脱衣室に他の職員は居ませんでした。相浦さんの身体を支えながら施設長に「入浴後、急に意識が無くなった」旨を伝えました。施設長・リーダー・看護師の三名が酸素吸入器・AEDとストレッチャーを持って脱衣室に着いたのが約2分後、救急車が着いたのが意識を失ってから5分後、救急隊員が救急措置を施して病院に運び込むまで30分くらいでした。非常に迅速な対応です。

 後から連絡がありましたが、意識喪失の原因は脳梗塞でした。数日間入院しましたが、翌週には何も無かった様に退院して来ました。

 社内研修で応急処置のレクチャーを受けますが、実際に目の前で人が倒れるのを体験するとやはり緊張をします。救急隊員が到着した際は、事象の発生時間・血圧測定数値・SPO2(血中酸素濃度)・服薬の有無・最後に食事をした時間と分量を明確に答え入浴時の様子などを説明しました。救急隊員は患者に大声で話し掛けながらこれらの事を次々に聞いて来ます。社内研修やスクールの講座でも指導を受けますが、この様な事故が発生した場合細かな状況の記録は患者を守る事はもちろんですが、自分の身を守ることにもなります。曖昧で不正確な情報は、後刻家族や警察から事件性を疑われることもあるからです。

 退院した相浦さんは入浴の時「この間は助けてくれてありがとう」と笑って話しをします。本人は「もう大丈夫」と言っていますが、入浴後は少しドキドキします。

※ADL(Activities of Daily Living)=日常生活活動動作あるいは日常生活活動と訳され、一人の人間が独立して生活するために行う基本的な、毎日繰り返される一連の身体動作群をさします。

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